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撮影:吉村永

反復練習の先にある自分を信じて進みたい

「強くなりたい」7歳で経験した中国遠征

──卓球を始めたきっかけは?
もともと両親が卓球をやっていたんです。2歳上の兄も卓球をやっていたので、僕も5歳のときから自然にやるようになりました。家にも卓球台があったので、卓球はほぼ毎日やっていたと思います。
──運動神経が良くて、他にもいろいろなスポーツに挑戦もしたとか。
球技がほとんどですけど、いろいろやりました。でも、本格的にやっていたのは卓球だけですね。小学1年生のときに出場した全日本卓球選手権大会で、小学2年生以下の部の2位になり、そこから全国大会で優勝するようになっていって。そのくらいの頃には「卓球で生きていこう」っていう気持ちはありました。

中2でドイツへ
言語はゼロからの出発

──そして、中学2年生のときに卓球でドイツ留学をされます。海外経験はそれが初めてでしたか?
最初は中国でした。7、8歳の頃に、地元のSBSテレビの「子供の夢をかなえよう」という企画に「卓球で強くなりたい」って応募したら当選したんです。兄と一緒に中国に行って、アトランタオリンピック銀メダリストの呂林選手のところで4日間練習に参加させていただきました。それが僕の初海外でしたね。
──いい経験になりましたか?
はい。当時の同世代では僕が日本一だったのですが、まわりで練習していた中国の同世代選手のレベルがすごく高く、全然歯が立たなくて、中国の強さを実感しました。
──ドイツに留学したときの語学力はどのくらいでしたか?
英語も含めてほぼゼロです。「I have a pen.」とか「My name is〜」しかわからない状態でした。
──日本とは生活環境がかなり変わりましたよね。
最初はやっぱり言葉の壁ですね。ドイツではあまり英語が通じず、英語の問いにドイツ語で返されることもあり戸惑いました。だから基本的な学習と一緒に、ドイツ語と英語を同時に習いはじめました。でも英・独は文法が全然違うから混乱してしまって……。ドイツ語は数ヶ月で諦めて、英語一本にしたんです。本当に勉強が苦手だったし、練習や試合もあったので、正直、勉強に気持ちがあまり乗らなかったんです(苦笑)。
──それでも、コミュニケーションが取れるぐらいには?
最低限、ひとりでなんとか生きていけるぐらいにはなったかなと。
──ドイツでも英語中心でした?
はい、選手間では英語が共通語でした。でも海外の選手たちは、いつの間にかドイツ語を覚えているんですよ。僕がいたデュッセルドルフは日本人が多くて、日本語が通じるレストランもあったし、日本人と暮らしていたので、甘えていた部分もあります。
──ドイツには何年いましたか?
最終的には5年間。中学2年生から大学1年生の春までです。日本人の先輩たちと同じアパートで計4人の共同生活をしていました。一番上の先輩だけ1人部屋で、あとの3人は同じ部屋で雑魚寝(笑)。2年後くらいに引っ越しをして、そこでようやく自分の部屋が持てました。
──プライベートの時間も楽しめましたか?
食事に行ったり、ボーリングやビリヤードをよくしていましたね。中高生が遊べるところがそれくらいしかなくて。あとドイツ人のチームメイトと仲が良く、彼の家でゲームをしたり、しょっちゅう一緒に遊んでいました。ただ、ドイツの後に中国のリーグに3年間、ロシアにも5年間いたんですが、そのときはどちらもホテル生活だったので、ずっと部屋にこもっていました(笑)。

試合後の英語インタビュー
観客が沸いた最高の瞬間

──海外に出て、文化の違いで印象的だったことはありますか?
一番は、いい意味で上下関係がないことです。すごくフレンドリーで、監督も選手に気を遣ってくれるんです。当時の日本のスポーツ界は「練習中は水を飲むな!」みたいな厳しい環境でしたけど、海外では監督が「大丈夫か?水飲むか?」と声をかけてくれる。あと目上の人と言い争うことも結構多くて、最初は驚きました。でもそれが好きでしたね。
──私は日本では、知らない人とは話さないことに驚きました。アメリカでは普通に話しかけるので。
確かに日本人は、他人にあまり関心がないかもしれないですね。ドイツでは同じアパートの人たちともコミュニケーションを取っていたので、違いは大きいと思いました。
──海外生活はご自身の性格にも影響しましたか?
かなり影響したと思います。青春時代を海外で過ごしているので、マインドは海外寄りですね。だから、「変わってる」「人と違う」と言われることが多くて。でもそれは当然だと思うんですよ。カルチャーショックを受けて、それに順応してきた人間なので。逆に日本の常識が理解できない部分も多かったりします。
──海外で試合をするときは、審判と、どの言語で話しますか?
基本的には英語です。YouTubeに僕が英語で抗議している動画がありますよ(笑)。やっぱり卓球に関することでは、英語の上達が早かったように思います。
──言葉がわからなくて苦労したことはありますか?
ロシアリーグにいた頃、急に英語の契約書を出されて「とりあえずサインして」って言われたんです。信用している方だったのでサインしたら、それが翌年の契約書で……。そのときは、それが契約書だという認識がなかったのでサインしてしまったんですけど、ちゃんと理解していないとダメだなと思いましたね。
──逆に、言葉が通じてうれしかったことは?
マレーシアリーグにいたこともあるんですが、そこは少し特殊で、試合後、そのまま観客の前で必ずインタビューを受けるんです。すべて英語で話さなければいけなかったのですが、自分の言葉に観客が反応してくれたときはやっぱりうれしかったですね。通訳を介すとどうしてもタイムラグができて、あまり盛り上がらないので。試合前に「これを言おう」「あれを言おう」ってめっちゃ勉強していました(笑)。
──観客も自分たちにわかる言葉を話してくれたらうれしいですよね。
アスリートの一番の課題はそこかもしれないですね。テレビでもインタビューの機会は多いので、試合後に英語のインタビューができたら、めちゃくちゃかっこいいですから!
──ご自身の現在の語学力はどのくらいだと思いますか?
あまり自信はないんです。英語も中2レベルだと思うし、ドイツ語も今はBitteくらいしか(笑)。中国でもロシアでも、基本的に英語でなんとかしていた感じです。ただ常に英語がうまくなりたい気持ちはあって、定期的に勉強するんです。何かのきっかけで勉強して、それが終わって離れて、また何かのきっかけで……と繰り返しています。
──きっかけがないと、モチベーションがあがらないですよね。
そうなんですよ。目的があれば頑張れるんですけど、引退してからは、海外でコミュニケーションをとる機会が減ってきてしまったので。近々、世界卓球のアンバサダーとしてロンドンに行くので(※3月末取材。大会は5月に開催済)、今はそのためにまた勉強をする時期ですね。
──英語はどう学んでいますか?
語学アプリや、本を持ち込んで飛行機内で勉強をするのを移動のルーティンにしていました。以前はすごくモチベーションが高かったんですが……、今はあまり(笑)。スマホがない頃は、電子辞書でポチポチ調べていたんですが、そういう時代の方がより頭に入ってきていた気がします。なんでもAIがやってくれる便利な世の中になってきているので、本気で学ぼうとしなければ、なかなか入ってこないですよね。
──私も翻訳アプリは毎日使っています。勉強に便利なツールだと思います。
そうですよね。結局は、継続と反復練習が一番大事だと思います。覚えたつもりでも1週間後には忘れているので、しっかり反復して定着させる必要があるなといつも感じます。卓球もまさにそう。いかに反復練習を繰り返して、試合で再現できるか。だから、やらなければいけないことは理解しているんですが……、なかなか行動に移せません(笑)。

海外で卓球イベント開催にチャレンジしたい。
そのために英語も中国語も諦めずに頑張りたい

便利な今こそ「自分の言葉」が武器になる

──現地の人と会話をして、そこから学ぶことはないですか?
それこそ、仲が良かったドイツの友人が、いま日本で仕事をしているんですよ。よく会っていて会話もするんですけど、世の中が便利になりすぎたのか、最近はアプリで自動変換できちゃうんですよね。簡単な会話はするけど、しっかり伝えたいときはそれを使ってしまっていて。本来は、そこを頑張って引き出さなきゃいけないなと思うんですけどね。
──これから先、チャレンジしたいことはありますか?
海外で卓球のイベントをやりたいなと思っています。そのために、英語はもちろん、中国語も含めて語学力はあった方が絶対にいいんですよ。特に日本は、英語を話せることのメリットが大きい国だと思います。だからこそ、あれだけ長く海外で生活していたのに、英語を完璧にマスターできなかったことが一番の後悔です。いまも仕事で海外に行くことがあるので、諦めずに頑張りたいなとずっと思っています。
──ありがとうございます。最後に、ECCの生徒に向けてメッセージをお願いします。
これからますますインバウンドが進んでいくと思うので、日本にいても英語の必要性はより大きくなると思います。日本語の中にも実は英語がたくさん混じっているので、頑張って勉強すれば、英語は日本人にとって覚えやすい言語だというのは間違いありません。あとはどれだけモチベーション高く、継続して反復練習していけるかが、一番の課題かなと思います。AIで便利になったことで、逆に〝自分の言葉で話せる人〞の価値は、これからもっと上がると思います。自分自身も、もう一度見つめ直して、しっかりと英語から勉強していきたいですね。

水谷隼

1989年6月9日生まれ、静岡県出身。元プロ卓球選手。中学からドイツへ留学し才能を磨く。リオ五輪で個人初のメダル、東京五輪で日本卓球界初の金メダルを獲得。シングルス・団体・混合複の全3種目で金銀銅を揃えた世界初の選手。解説やキャスター等、多方面で活躍中。 

Interviewer
Olivia Dougherty
オリビア・ドハティ

ECC外語学院の外国人講師。アメリカ出身。乗馬が趣味で、ほかにも広くスポーツを嗜んでいるとのこと。大学時代に留学を経験していることから、水谷さんの海外生活話に深く共感を示していました。

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